一日一美

日々是健康、育児、読書など。

育児の苦悩

今年7歳になる第一子と、5歳になる第二子がおりまして、子育て歴6年ということになります。

最初の一年、二年、第二子の誕生から一年、二年の怒涛の四年間に比べたらさすがに落ち着いてきたものの、それでも未だに苦悩している感があります。育児に。


日によって変動はあるのでしょうが、おおむねハッピーな気分で子育てをしているママさんがピンク色だとして、育児ノイローゼのママさんが深いブルーだとすると、私は大体「限りなく透明に近いブルー」だったなぁと我が身を振り返ります。すみません限りなく〜が言いたかっただけです。


最初の一年はアウェイな都会で密室育児をしていたこともあり、当時書いた育児日記に「いつも冷たいブルーシートの上にいる気分だ」と書いてありました。うーんこれは。限りなく育児ノイローゼに近くないか。


第一子のことは、可愛い盛りの時に上手くかわいがれなくてごめん、と懺悔したい気持ちがあります。幸い、私よりずっと子供の扱いが上手く愛情深い夫がいたので、優しい子に育ったと思います。甘えん坊で手がかかるけど。

でもその甘えを、今まで私はほとんど受け入れてやってなかったなあと思うので、これからはなるべく受け入れてやろうと思っています。なかなか難しいのですが。


子供には必ず得意なこと、好きなこと、キラリと輝くところがあるから、それを見つけて伸ばしてやるのがいいとはよく聞きますが、母親もそうだなあと思います。母親が自分にダメ出しばかりしていたら、自信喪失となって毎日が暗くなり、それは家族にとっても良くないことです。(私のことです)料理も手芸も苦手だし子供の扱いも得意じゃない、とにかく一人になりたい、一人の時間が欲しいとばかり思っていました、そして自己嫌悪。


そうではなく、私は私で良いところもあるのです、勉強熱心だし(意識が高過ぎる、頭でっかちだと夫は言うけど)、子供にべったりで甘やかす親には決してならない自信がある、他にもいろいろ、多分ある。

反省点もたくさんあるけど、よくがんばってきたとも思います。


愛情深いママさんや、毎日がハッピーに見えるママさんのブログを読むと、ああ…いいのか私こんなんで。と思ったりしてしまうけど、いいのよ。私は私で、成長しているから。それでいいの。


昨夜お皿を洗っていたら指を切りまして、それを見た第一子が「わたし洗おうか?」と言ってくれまして、第一子のエプロン姿を見た第二子が自分もやるやると言いまして、2人で皿洗いをしてくれました。

困っている人を見て助けてやろうと思う気持ちがあれば、きっと大丈夫。そう思いました。小さいことはぐちぐち言うまい。


明くる朝、出掛けにぐちぐち言ってしまったけれど…。人間って忘れる生き物だなあ。

ドラクエIIIの賢者になりたい主婦

結婚して10年、専業主婦になって8年、母親になって6年が経つ。


それでも、今でも料理に苦手意識を持っている。

私の中でそれは「専業主婦なのに料理が上手くないなんて」という自分を責めるような、自信を無くす大きな原因になった気がする。

もう一つの原因は「子育てに苦手意識がある」=子供の扱いが苦手、というのがあるけどそれはまた別の記事に。


とにかく家事の中で料理が一番億劫であった。

それでも毎日作るもしくは用意せねばならんのだから、専業主婦の日々は、自由(ただし子供達が幼稚園もしくは小学校に行っている間に限る)ではあるが、楽しくはなかったというのが本音だ。

逆を言えば、料理をはじめとする家事全般が億劫でなければ、毎日は楽しく、やればやるほどやりがいも得られると言える。


先日、ついにファミリー用の大きい冷蔵庫を買った。今までは、一人暮らし用の小さめ冷蔵庫を使用していたのだ。家族4人でよくぞここまで頑張った(耐えた?)ものだと思った。


途端に、料理が楽しくなってきた。買い物もストレスなく出来る。以前は、買っても全部入りきらないので、思うさま買えなかったのだ。

言い過ぎかもしれないが人生初、料理と向き合った気がする。今まではどこか逃げていた感がある。ずっと苦手だったのだから。


私の目標は、ドラクエIIIで言う賢者のような主婦になることである。攻撃力(稼ぎ)も高く、回復呪文(家事能力)も使える。今は専業主婦なので僧侶といったところだが、賢者に転職できるレベル20までの道のり、その第一歩を踏み出した気分だ。

「梅仕事」

丁寧な暮らしというものに、長年憧れていた。

おそらく23歳の時に一人暮らしを始めてからだ。

私の城を、丁寧で細やかで優しいもので満たしたい。そんな気持ちがあったと思う。

丁寧な暮らしについての書籍もずいぶん読んだものだ。


先日図書館で何気なく手に取った、丁寧な暮らし的な本をパラパラとめくっていて、「梅仕事」という言葉が目に入った。

梅仕事とは、春に梅を収穫し、梅干しを作ったり、梅酒もしくは梅シロップを作ったりする一連の流れを言うのだが、その言葉をあらためて見た時、雷に打たれたかのように気づいた。


私、「梅仕事」したくないわ。


梅を収穫したり、その梅を洗って塩漬けにしたのち天日に干したり、シソを入れたり、あるいは氷砂糖とホワイトリカーを入れたりなど、そういうことに興味ないわ。


そうした方がずいぶんと安上がりで、おそらく安全なのは分かっているけれど、正直面倒くさいわ。


理想と現実のちがい。

やっとそれに気づいた。

丁寧な暮らしを意識するがゆえに理想が高くなり、色々と囚われていたような気がする。


丁寧な暮らしでなくたっていいじゃない。

楽しく健やかな暮らしであればそれでオッケーじゃないか。


専業主婦もあと2〜3年で終わりにしようと思う。その頃は末っ子も小学校にあがっていることだし。

残念ながら、主婦の仕事にやり甲斐を見出せるほど、家庭的な性質ではなかった。


活き活きと生きるために、他にも仕事を持つのだ。

体力をつけるぞ!

カラオケ5時間

夫の兄の妻、つまり義理の姉と2人で飲みに行った。

義姉は同年代で、お酒が大好きで、気が合うのだ。


二次会は、2人で5時間カラオケを歌った。

大きなスクリーンのある部屋で、大変盛り上がった。


お互い、本当に親戚になれて良かった、と固く握手をして別れた。たのしかった。平和で幸せな夜。


色々歌ったが、THE BOOMの歌が特に心に残った。哀愁を帯びた旋律、南国を思わせる歌声。そして若き日の宮沢和史さんの格好よきことよ。いいな〜THE BOOM


誰でもいつかは〜大地に溶けて〜く〜♪

私の頭の中のスケバン

生理前のいわゆるPMSの症状として、頭の中で暴力的な言葉が浮かぶというのは前述した通りです。


その言葉は例えるならグレたスケバンのそれのようです。


何故スケバンが頭の中に?と考えた時、そういえば私はスケバン的な強気で尖った女性にある種の憧れを抱いていた過去があったのです。


・憧れのスケバンその1・尾崎豊ダンスホール

尾崎豊の初期の隠れた名曲「ダンスホール」。ダンスホールで出会った、グレて高校を辞めダンサーをしている少女。「あたい」という一人称が最高です。


・憧れのスケバンその2・バービーボーイズ「女狐on the run」

スケバンといえるかは分かりませんが、この歌に出てくる女狐とやらは相当なワルですよ。気を持たせた男にコインをねだってみて、アドレス帳も見ずに(公衆)電話をかけ

て取り巻きボーイズを集める…!その後、なにが始まるのか、考えるだけでワクワクします。若かりし頃の杏子のワル可愛さ、尊し。


・憧れのスケバンその3・ドラマ「素顔のままで」ダンサー明菜

中森明菜演じる、ダンサーの月島カンナ。昔はワルだったらしい。安田成美演じる優美子もいいけど、私は断然カンナが好きだった。好きな男に「好きなんだよ!好きなんだよ!!」と叫ぶカンナ、最高にかわいい。


あとは漫画「三年奇面組」の天野邪子もわりと好きだったなあ。


PMSは愉快なもんじゃないし、湧き出る暴力的な言葉にまず自分自身が当たり障りありそうなんだけれど、昔からの趣味嗜好によって育まれた私の中のスケバンがひょいと顔を出している…と思えば、なかなか悪くないかもしれない。

暴力的な言葉ウィーク

生理前の数日間は、気が立っていることが多い。

口には出さないが、ほんのささいなことで暴力的な言葉が頭に浮かぶのも特徴だ。

子供のPTAの関係でLINEグループに入っているのだが、新しく参加した人のLINEネームが「マミたん(仮名)」など名字が入っておらず、誰だか分からないというだけで「誰だてめえぶっころすぞ」などと暴言が浮かぶ

こんな私だが、普段は周りのママさん達に「子供に怒ってる姿が想像できない」と言われるほど穏やかな人柄だと思われているのだから、人って分からないよな、と思う。


一日一美というタイトルらしからぬ内容だけど、帳尻を合わせるために、寝る前に金子みすゞの詩集などを読もうと思う。

なんでもない一日

朝起きて、ご飯の用意をして、食べさせて、小学生の長女を送り出した。


次女とともに部屋の片付けや掃除・洗濯、おやつなど。テレビ見せてる間に最近買ったCDアルバムをパソコンに入れ、一枚コピーをした。自分1人でできた。(←夫がパソコン得意なので、いつも頼んでいた。)ささいなことだけど達成感を得た。


長女が学校から帰ってきたので昼ごはんを済ませ、片付けをして、スイミングの準備をさせてスクールに向かう。途中郵便局で用事を済ませる。


スイミングスクールで、同じクラスのママさん達と社交したりなどする。


家に帰り、18時半。疲れたので白米にレトルトカレーをかけて、冷凍していたうなぎの蒲焼を載せたものをディナーとした。途中、長女の態度に対して腹が立ち、口論になりかけた。

少し別室で一人になり、星野源のエッセイ「いのちの車窓から」を読む。怒りについての話で、 他人に自分の怒りについて話すときは、面白おかしく笑える話にする、ということだった。星野源のエッセイは面白く、知性を感じる。気分転換に成功。


ベランダから子供達と夕暮れの空を見た。うつくしかった。長女が茜色の雲をさして「龍みたい」「チーターにも見える」と言った。今日学校で習った平和学習の話などもした。しあわせで平和な時間だった。


寝る前に「お母さんの声がこわい」と次女が泣いた。20:30が、今日の私の体力の限界だった。


反省することもあったが、良い一日だったと思う。

明日もきっと良い一日。